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アイスクリーム A BATHING APE総力特集

MAG@管理人

ファッション&トップカルチャーマガジンEYESCREAM
(アイスクリーム)2月号が発売されました。

EYESCREAM (アイスクリーム) 2008年 2月号
出版社 USEN 月刊版雑誌 ASIN: B00117DNKA

今月号は「A BATHING APE」の総力特集で、アイスクリーム
誌面のほとんどがエイプ特集と今までには無い雑誌構成に
なっているので、BAPEファンには間違いなくお薦めの一冊
になると思います。

アイスクリーム画像

総力特集 A BATHING APE

NIGOが築いた“猿”の帝国、その内側

NIGOロング・インタビュー NIGOアトリエ潜入
スペシャルインタビュー スケートシング マンキー 
TERIYAKI BOYZ タケイグッドマン WonderWall
片山正通 etc

eyescream
A BATHING APE x EYESCREAM T-shirt
A BATHING APEの新作を一挙公開 etc

楽天ブックス  EYESCREAM (アイスクリーム) 2008年2月号
セブンイレブン EYESCREAM(アイスクリーム)2008年2月号icon

月刊誌で増刷が無いので、気になる方はお早めに。


BAPE x アイスクリーム誌上限定Tシャツ 6000円
購入方法などはアイスクリーム誌面にてご確認下さい。

NIGO特集画像


エイプのムック(カタログ)本とは違いインタビュー中心の紙面
づくりで情報量が多すぎる為、気になる所をほんの一部だけ
引用紹介します。


NIGOインタビュー APEの裏原戦略とは?

eyescream

これだけの帝国を築くには当時から戦略があったのでは?

最初はジョニオ君とノリで店をはじめたけど、伝票書きだの
パッキン詰めだのにハマっちゃったんですよ。

僕が一番オタクだったし、どちらかっていうとつるむタイプ
じゃなかったんで、皆が夜食事に行っている時に一人で
コツコツと仕事をしていました(笑)

今は裏原バブルもはじけて昔の原宿の面影は全く無い。
だからそこから抜け出そうとはしていました。

シンちゃん(スケートシング)とはDCブームが去った80年代
の最後は多くの会社が倒産していったけどそんな感じだね
ってよく話します。

ここ数年で地方にも進出して裏から表になってきてます。

うちはペプシとのコラボなどでメジャーというか、名前が
知られているブランドになったので、昔みたいに看板すら
出していないお店は出来ないです。

いつまでもサブカルだのリミテッドだの言っていても、世の中
にはもう腐るほどあるし、面白い物はもうあまり無いし。

インターネットが発達してきた為に世の中が軽くなってしまった
気がするんで神秘性を保つ為にブログをやらないとかアナログ
的な事は大切にしていきたいです。

eyescream

これからはラルフローレンやアルマーニのような世界的な
ブランドにしていきたいです。日本にはそういうブランドって
ないじゃないですか?コムデギャルソンはすばらしいブランド
だけどちょっと違う。

(アメリカのハイカルチャー雑誌portfolio11月号でNIGO特集
が組まれ、藤原ヒロシ氏がそれにコメントをした事に対して)

ヒロシ君が

「アメリカの田舎でちょっと太った人がBAPEの服を着ていたら、
NIGOはどういう反応をするんだろう?」

っていう内容だったんですが、ここ(紙面を使い)で反論する
のもなんですがまさに僕が目指しているものはここなんです!
僕が望む所というか目標なんです。

僕はBAPEは万人のものというブランドにしていきたいです。


ノーウェア(NOWHERE)を作ってジョニオ君のアンダーカバー
&ミルクなんかを置いていたんですけど、凄い人気でしたね。
最初の5ヶ月なんかノーウェア=アンダーカバーみたいな所が
ありましたね。

この後コラボについて、プリンプリン時代、ファレルとの出会い、
海外進出、ルイヴィトンなどの話が続きます。

eyescream

A BATHING APEの名付け親 スケートシング

eyescream

西麻布のクラブでジョニオ君と一緒にともくん(NIGO)が
いたのが出会いのきっかけ。

アストアロボットの遠藤イチロウくんが藤原ヒロシ君に
紹介する所が最初。ともくんは凄い緊張してた。

その後すぐにヒロシ君のアシスタントになってて、連載ページ
の手伝いとかもしてたのかな?

BAPEに入ったのは1996年くらいだからBAPEがしばらく
経ってからだね。ともくんとの仕事は凄い細かい(笑)
絶対に見落とさないんだよね。

例えばビデオを見てコマ送りをして、誰だ何の服を着てるか
ちゃんとリサーチしているんだよ。あの時はヒロシくんの家
とかタケイグッドマンのいえとかでコマ送りで見まくったな(笑)

※以下面倒なのでともくん=NIGOに変更

NIGOは凄い几帳面。後は物静かでお茶目で。
なんか割と人見知りな猿だよね(笑)

僕のAPEの仕事はいるだけ(笑)存在だけだから凄く楽。
みんな信じないんだけど、ほとんどアイデアを出しているのは
マンキーだから(笑)。マンキーくんとNIGOがアイデアを投げ
合って作ってるんだよ。

NIGOとマンキーが2人の猿がキーキー言いながら作業して
出来たのがBAPEカモ。僕は名前を付けただけ(笑)


BAPEのヒットメーカー マンキー

マンキー画像
ベイプカモを作った男 マンキー画像

BAPEに入ったのは1995年くらい。

元々NIGOとは文化服装学院で学年が一緒だったんで
認識はあったんです。

僕はとにかくデザインの仕事がしたくて立花ハジメさんの
アシスタント募集に応募して、松本弦人さんに気に入って
もらえて、しばらく仕事をした後にデザイン集団7starsを
立ち上げるんですけど、その後にNIGOに誘われました。

NIGOはポイントポイントは結構散漫なんだけど、ちゃんと
流れがあるし、芯がある。

BAPEカモを作ったのはカモフラージュをNIGOが作りたいって
いうから試行錯誤を重ねて完成した。まぁ実は偶然出来た
ものなんだけど。

色々とやった結果偶然に(笑)

素材を作るのは僕だけど、生かすのはNIGO。
やっぱり有名にするのはNIGOです。

1つのデザインからNIGOが色々なアイテムを作って
それでBAPEのシンボルになっていった。

a bathing ape アベイシングエイプ特集


eyescream
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